執筆:上村菜穂(SNS集客コンサルタント/建築学科卒)
建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞した建築家・山本理顕先生が、横浜市長選挙に立候補されています。
先生の提案は「住まい」から街をつくり直すこと。私はそれが、AIで働き方が大きく変わるこれからの横浜にこそ必要だと感じ、心から応援しています。
そして実は、私の母校・関東学院の大先輩でもあるのです。
- 山本理顕先生がどんな建築家なのか
- 私の2つの母校と、山本先生とのご縁
- 埼玉県立大学で見た、先生がつくる居心地のいい建築
- 先生が掲げる4つの提案と、私が受け止めたこと
- 「自宅が稼ぐ」という考え方が、AI時代の働き方にどうつながるのか
- 個人演説会で心に残った言葉
大学では建築学科を卒業しながらも個人事業主のライターになり、現在は株式会社PR NETを横浜市で経営しています。
建築の世界は離れてしまったものの、建築鑑賞が今でも好きな私は、今回の横浜市長選挙で、建築家の山本理顕先生の出馬に驚くと同時にお話を聞けば聞くほど「こんな横浜になってほしい」という気持ちが募り、その思いを一人でも多くの市民の方にお伝えしたく発信をしています。
この記事では、これまで個人演説会でお伺いしたお話と、私がXやInstagramで発信してきたことを、1つにまとめました。
政治の専門家ではない私が、なぜここまで「山本理顕先生に横浜を任せたい」と思っているのか。
少し長くなりますが、読んでいただけたら嬉しいです。
横浜が大好きな私が「二度とないチャンス」だと思った理由
山本理顕先生は、2024年にプリツカー賞を受賞された建築家です。
プリツカー賞は、一般的な知名度はあまり高くないかもしれません。
でも実は、「建築界のノーベル賞」と呼ばれるほどの賞なのです。
日本人の受賞者は、これまでにたった9名。
ところが、この9名という数は国別で見ると世界最多です。
日本の建築の技術や設計が、世界からどれほど高く評価されているかがわかります。
評価の基準は「建築を通じて、人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきたか」。
建築を学んでいないと、なかなか山本先生のお名前に行きつかないかもしれません。
けれど建築学生なら、誰もが知っている一流の建築家です。
例えるなら、サッカーが好きな方が「日本代表の選手を知らないなんてあり得ない」と思うくらい。
それほど名誉のある方なのです。
そんな「街づくり」の専門家が、横浜市長に立候補してくださった。
本当に有り難く、恵まれたお話だと思っています。
30代の私の人生の中でも、こんなチャンスはもう二度と訪れないかもしれない。
本気でそう思っているのです。
実は、母校の大先輩でした
実は山本先生は、私の母校である関東学院中学校高等学校の卒業生です。
先生のことを調べていて知ったときは、本当に驚きました。
建築学生の頃から憧れていた建築家が、同じ学び舎で過ごした大先輩だったのです。


2024年1月 関東学院中学校高等学校のビジネスコンテストで審査員をしたときの写真
そしてもう1つ、不思議なご縁があります。
2024年12月7日、私が建築を学んだ神奈川大学の建築学科が60周年記念講演会を開き、そこで講演されたのが山本先生でした。
私もその会場で、先生のお話を伺いました。

2024年12月7日 神奈川大学建築学科60周年記念講演会にて(会場:横浜市開港記念会館)
その2日後の12月9日には、関東学院中学校高等学校で、在校生約1,300人に向けて講演をされています。
同じ週に、私の2つの母校で先生がお話をされていた。
偶然とはいえ、ご縁を感じずにはいられません。
関東学院での講演で先生が話されたのは、世界各地の集落で見つけた、パブリック(公)とプライバシー(私)のあいだにある空間のことだったそうです。
先生はそれを「閾(しきい)」と名付け、みんなで仲良く暮らすには、こうした空間が必要なのだと伝えられました。
この考え方は、このあとご紹介する横浜への提案にも、そのままつながっています。
関東学院の卒業生のみなさんにも、ぜひ知っていただけたら嬉しいです。
講演の様子は、こちらの記事で紹介されています。
山本理顕さんが講演 母校・関東学院中学高等学校で(アットヨコハマ)
「人が助け合って暮らせる住まい」をつくってきた建築家
山本先生がずっと考えてこられたのは、「どうしたら人が助け合って暮らせる住まいをつくれるか」ということです。
熊本の団地は、住む人同士が自然に関わり合えるように設計されました。
北京では、マンションを塀やゲートで囲むのが当たり前の中で、開発会社と何度も話し合い、門も塀もない街区をつくりました。
誰でも入れる場所にしたことで、今では観光客が訪れる場所になっているそうです。
そしてご自宅も、その考え方を体現しています。
1階は昼はランチ、夜はBarとして営まれていて、ランチは小学生以下なら200円で食べられるのです。
理想を語るだけでなく、世界の都市で、そしてご自身の暮らしの中で、実際に形にしてきた方。
だからこそ、横浜で語られる提案にも説得力があるのだと感じています。
埼玉県立大学を訪ねて感じた、居心地のいい建築
2026年10月16日、仕事で埼玉県の深谷市へ出張した合間に足を延ばして、越谷市にある埼玉県立大学を訪ねました。
山本先生が設計された大学です。
大学に入館の許可をいただき、学生さんが写らないようにという条件で、撮影の許可もいただきました。
快く受け入れてくださった大学の皆さまに、心から感謝しています。

歩いてみてまず感じたのは、とにかく気持ちのいい建築だということ。
人と人が自然につながるような空間が、まさにそこにありました。


何より、かっこいい建築は、居心地がいいのです。
写真を見返しながら、改めてそう感じています。

2026年10月16日 埼玉県立大学(越谷市)にて。大学の許可を得て撮影
こんな建築が、私の大好きな横浜にも増えていってほしい。
心からそう思いました。
先生が掲げる4つの提案と、私が受け止めたこと
山本先生の提案は、大きく4つあります。
個人演説会でのお話をもとに、私なりに受け止めたことを添えてご紹介します。

山本先生の政策「地域社会圏」のチラシ
住まいは人権。まずは全ての住宅を診断するところから
1つ目は、全ての横浜市民が、安全で快適な住宅に住めるようにすることです。
まずは市内の住宅の耐震性、地盤、火事が燃え広がる危険性、そして住まい方を、建築の専門家が調べるところから始めます。
印象的だったのは、木造の住宅が密集した地域のお話です。
全部を壊して大きなマンションに建て替えるのではなく、地震で倒れやすいブロック塀を外して縁側にする。
各家に消火用の水のタンクを置く。
危ないところだけを部分的に燃えにくくする。
縁側ができると、そこで小さなお店を開いたり、ご近所の人とお茶を飲んだりできる。
防災の工夫が、そのまま街の楽しさにつながっていくのです。
家と道のあいだにある縁側は、まさに先生が母校で語られた「閾(しきい)」の空間なのだと思います。
工事を担うのも、大きな開発会社ではなく、建築家や地元の大工さん。
建築を学んだ私から見ても、「全部壊して建て替える」とはまったく逆の、住む人を中心にした考え方だと感じました。
町内会サロン。最初はピンと来なかった提案
2つ目は、町内会ごとに「町内会リパブリックサロン」をつくることです。
小さな子どもを預かったり、学童や高齢の方を支えたり。
行政の窓口やカフェ、宿泊の機能、宅配の受け取り場所にもなる。
そして、そこで働いた人には、きちんと対価が支払われる。
町内会を、地域のみんなでつくる「小さな自治の単位」として立て直す構想です。
正直にお話しすると、4つの提案の中で、私が一番ピンと来なかったのがこの町内会サロンでした。
でも、ふと思い出したのが、都内に住む80代の叔母の存在です。
母と叔母のお誕生日は毎年お祝いしているのですが、そのたびに叔母は、
「お友達と毎週同じ時間に、同じ場所で集まってお話をする時間がとても楽しい」
と、笑顔で話してくれるのです。
とても社交的な叔母なので、自分からお友達と集まり、いわば自分で「町内会サロン」をつくっている。
それを、地域がコミュニティとして用意してくれたらどうでしょう。
誰にとっても居場所ができますし、通うことで健康寿命も伸びていく。
長い目で見れば、医療費の面でも良い影響があるのではないでしょうか。
特に、家族や親戚が一人で暮らしている方にとっては、身近に町内会サロンがあるだけで、心配や不安がずいぶん軽くなると思うのです。
1つ1つの政策が、私たち一人ひとりに本当に必要な提案なのだと、改めて感じました。
小さな乗り物で、坂の多い横浜の隅々まで
3つ目は、公共交通を充実させることです。
横浜は坂が多く、細い道も多い街です。
大きなバスでは入れない場所がたくさんあります。
そこで先生が描いているのが、細い道にも入れる小型の乗り物です。
何台かをつなげればバスのように走れて、途中で分かれて別の方向へ向かうこともできる。
市民は無料で乗れて、観光客からは料金をいただく。
高齢になって車の運転が難しくなっても、自分の足で街に出かけられる。
暮らしやすさと観光の両方につながる提案です。
観光の力で、横浜を世界に誇れる街に
4つ目は、横浜の観光収入を、今の約5,000億円から1兆円へ伸ばすことです。

2026年10月8日 横浜市開港記念会館での講演会より
広すぎて商売に向かない幹線道路の両側に屋台を並べる。
山下ふ頭に、世界の文化が集まる「世界町家」をつくる。
中央卸売市場を、人が訪れたくなる場所にする。
そして、かつて横浜に広がっていた田んぼの風景を取り戻す。
ベネチアや京都のように、街そのものが人を呼ぶ。
そこで生まれたお金が、横浜で暮らす人の生活に還っていく。
そんな循環を描いた提案です。
10月8日には、横浜市開港記念会館で先生のお話を伺いました。
横浜の歴史そのものの建物で、横浜の未来の話を聞く。格別に贅沢な時間でした。

2026年10月8日 横浜市開港記念会館にて
私は、地元である大好きな横浜が、市民にとってもっと安全で快適に過ごせて、日本でも世界でも誇れる観光地になってほしいと思っています。
それを一番実現してくださるのが、山本先生だと思うのです。
先生が市長としてトップに立ち、市民が協力したら、横浜はもっと魅力的な街になる。
そう信じています。
「自宅で稼ぐ」ではなく「自宅が稼ぐ」へ
これからAIが進化していく中で、私たちはどこで、どう働くのでしょう。
そんなことを考えていたら、山本先生の「自宅が稼ぐ」というお話が、これまでとは違う意味で響くようになりました。
AIの進化は、笑い話ではない
私は講師として人前で話す時間を除けば、仕事のほとんどがPC作業です。
いわゆるホワイトカラーの働き方をしています。
だからこそ、仕事仲間とはAIの優秀さについて、
「この先、自分たちはどこまで生き残れるのか」
「いや、どうしたら生き残っていけるのか」
という話を定期的にしています。
その中で、「農作業が好きなら、自然が豊かなところで農作業をするのが幸せかな」「手に職を持っている人はすごいよね」という話になることもあります。
AIの進化を考えると、これは笑い話にしてはいけないほど、真剣に考えるべきことだと思っています。
ホワイトカラーの仕事のあり方は大きく変わり、これまで人が行っていた仕事の一部は、AIに任せられるようになるでしょう。
かといって、みんなが農業などの第一次産業を好きになれるとは限りません。
そんな中で、手に職を持って輝く人は一定数いるはずです。
これからは「知識を持っていること」だけでなく、「自分の技術で価値を提供できること」が、もっと求められる社会になるのではないでしょうか。
手に職がある人が、一番困ること
では、手に職がある人が自分で仕事を始めるとき、何に困るのでしょう。
大きな壁の1つが「集客」です。
私は日々、SNS集客の講師やコンサルタントとして、まさにその相談を受けています。
どれだけ素晴らしい技術を持っていても、それを必要としている人に知ってもらえなければ、仕事にはつながりません。
その場所に人が来ないのであれば、自分でPR活動に力を注ぐしかないのです。
正直に言うと、最初に「自宅が稼ぐ」と聞いたとき、私が思い浮かべたのは不動産投資や、Airbnbのように家の一部を貸す仕組みでした。
でもそれは、広いお家に住む人に限られた話だな、と。
それくらい、商店街は私にとって遠い存在でした。
1階がお店で、2階以上に住む。
そんな暮らし方は、すぐに浮かぶ選択肢ではなかったのです。
でも山本先生は、何度も何度も、ご実家が薬局で家が稼いでいたこと、今はご自宅の1階でカフェとBarが営まれていることを話されていました。
お話を何度も聞くうちに、やっと腑に落ちてきたのです。
街そのものに人が集まるということ
もし先生の「世界町家」や、「住宅が稼ぐ」という考え方が実現していったら。
「横浜でお店を出せたら、人の母数が違うから集客のチャンスも多そうだよね」
そんな話題になるかもしれません。
例えば、京都や鎌倉の観光地を歩いていると、たくさんの人で賑わっているお店を見かけます。
そのたびに、「このエリアの土地をご先祖様が買ってくれていた人は恵まれているな」と感じることがあるのです。
もちろん、観光地だからこその苦労もあるでしょうし、人が多いからといって、どのお店も集客に困らないわけではありません。
それでも、街そのものに人が集まれば、まだお店を知らない人にも見つけてもらえる機会が生まれます。
日々、集客に悩む方の相談を受けているからこそ、その環境はとても恵まれていると感じるのです。
もし、横浜がもっとそんな街になれたら。
いや、それ以上に魅力的な街になれたら。
自分の技術や得意なことを生かして働きたい人にとって、横浜は大きな可能性のある場所になるのではないでしょうか。
伝統的に見えて、実は一番先進的
目先の支援として、子育てを支える補助や政策、AIの導入による業務の効率化も、もちろん大切です。
でも、それと同時に、社会そのものが変わっていったときに、人々がどこで、どう暮らし、どう働くのかを考えることも大切だと思うのです。
山本先生は、私が追っている情報の限りでは、AIについてお話しされることは決して多くありません。
だから、AI時代を見越してこの構想を考えられたのかどうかはわかりません。
けれど先生のお話を聞いているうちに、私はそんな未来の働き方まで想像するようになりました。
最初は「商店街」と聞くと、ちょっと昔のもの、というイメージがありました。
でも、AIによって社会が変わっても、自分の技術を生かして働ける「家」や「街」の提案なのだと考えると、
伝統を重んじているようで、実は一番先進的な提案なのだと感じたのです。
個人演説会で心に残った言葉
10月16日の戸塚公会堂での個人演説会では、1時間以上にわたって会場からの質問に1つ1つ丁寧に答えておられました。
その中から、特に心に残ったお話をご紹介します(要旨です)。
「家を変えたくない人もいるのでは?」という質問に、街づくりは住んでいる人と一緒に進めるもので、一人でも反対があればやらない、とはっきり答えておられました。市長が命令して決めることではなく、地域で話し合って決めること。その姿勢がとても印象的でした。
子どもとデジタルの関わりについての質問には、コンピューターを使ってもいい、でも同じように「尋ねられる人」が身近にいることが大切だと話されていました。AIを仕事で使う私にとっても、深くうなずける言葉です。
市長になったときに改革を進められるのか、という質問には、これまで建築の仕事で多くの職員の方と関わってきた経験から、真剣に働く方々と一緒に変えていける、と語っておられました。
そして演説の中で、私が一番好きだったのはこの言葉です。
開発とは本来、未来の街を夢見る楽しいこと。
住む人と無関係に進めるのではなく、みんなで夢を見ながら一緒につくっていけたら面白い。
そんな趣旨のお話でした。
最後に

横浜の街頭でお話しされる山本先生
世界でも著名な建築家である山本理顕先生のお話を、地元の横浜で何度もお伺いできたこと。
それ自体が、私にとってかけがえのない時間でした。
そして何より、山本先生の立候補をきっかけに、社会問題をこれまでとは違う視点から捉えたり、横浜の未来を一緒に考えたりする機会をいただけたことに、感謝でいっぱいです。
だからこそ、最後の最後まで山本理顕先生の市長当選を願い、横浜がもっと唯一無二で、魅力的な街になることを信じて応援します。
横浜市長選挙の投票日は、10月18日(日)午前7時から午後8時までです。
横浜市民のみなさん、ぜひ投票に行きましょう。
株式会社PR NET 代表取締役。建築学科を卒業し、現在はSNS集客の講師・コンサルタントとして、企業や公的機関の研修、個人事業主の方のサポートを行っている。横浜が地元。詳しいプロフィールはこちら。
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