subtitle:パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣
を読み進めました。
この本のタイトルにもなっている10着の服とは
上着やドレス類、アクセサリーに靴やアンダーシャツは含まないとしているのですが
つまり、似合わない服やほとんど着ていない服、質の悪い服とおさらばし、自分らしさを表現してくれる大好きな服ばかりにするというもの。(P62より)
それはこの本全体を通してのメッセージで、
自分らしいものや大好きなもので日常を囲うようなシンプルな暮らしの提案でした。
本を読んでいると無性にものを捨てたくなり、
タイトルの如くクローゼットの整理から始めてみました。
つい2ヶ月くらい前にも整理はしたのですが
「いつか着るかも」
「いつか使うかも」
そんな考えが頭を過る。
けれどその〝いつか〟こそシンプルを邪魔する悪魔であり、
今回の基準は“自分らしさを表現してくれるものかどうか”ということにしてみました。
するとどうでしょう。
これまでもったいないと思っていたものも
その愛着が薄まり、捨てることを選択できるのです。
しかも「いつか使うかも」といって取っておいたものは
日頃、目にしていないので捨ててもあまり記憶に残らない。
2ヶ月前に捨てたちょっと愛着があるものすら
何を捨てたのか、もはや覚えていないのですから。
いつ来るのかわからない、そんな〝いつか〟を待ち望むより
場所という空間と、
またその物と向き合う時間はもったいないもの。
文章とは、時間も空間も飛び超え人に伝わっていくもの
だと私は捉えているのですが
(時に偉人の書いた言葉に触れられることはまさにその現象。
そして、偉人でなくとも、私がこの文章を書く時間と今これを読んでくださっている方との間にはタイムラグが生じているのだと。)
「時間」「空間」を意識するようになって、必然とその価値と向き合えるようになったからかもしれないけれど
「いつかの希望を持つこと<<時間と空間を得ること」
の不等式が成立したら
自然と捨てたいものがたくさん現れてきました。
〝何かを捨てると何かを得られる〟
という言葉を聞いたことがあって、正直思い込みだと捉えつつも、
けれど人生は不思議なことに、
その言葉を体験することが何度も起きたから信じていました。
けれど今回、〝何かを捨てると何かを得られる〟ということは
思い込みなんかではなく、それが理にかなっているのだとわかりました。
なぜなら
物が存在することによって空間は塞がれ、
それを思い返す、もしくは捨てようかとまた悩む時間がかかる。
悩みというのは選べるから存在するのであって、
選べなければ悩む以前に、他にやるべきことが見えるのだから。
例えば恋愛の、付き合っている人と別れるか否かを悩むのは相手がいるからこそで、いなければ選びようがないのと同じように。
例えば私が大学院を辞めるか悩んだのも、大学院に在籍していたからであって、フリーターだったらそんな選択肢はなかったのと同じように。
そんな気付きを感じていると、
今まで捨てられないものまでその勢いで捨てられてしまうのです。
同著に(P188)
「幸せとは欲しい物を手に入れることではなく、持っているもので満足すること」という有名なことわざを紹介しています。
捨てられないときに考えるべきはその逆説で、
「これを持っていることで自分は幸せになれるのだろうか」
と考えてみてはいかがでしょうか。
答えはNo.
あったらいいと、絶対あるべきの差は大きく
あったらいいはなくてもいいもの。
ついでに建築の道具もいろいろ捨てたからこそ思い出したことは(ライターだけれど建築学科卒なので)
「多目的ホールは無目的ホールである」という言葉。
抽象的なものこそ、ときに柔軟に対応できるが、ときに不要だという事実があるのです。
だから
あったらいいは、なくてもいい。
過去の思い出のものは、「物」としてデリートしてみると案外いい。
そして未来の、なりたい自分へ近づけるものを大切にする。
そうして量ではなく質を高めようとすると、
自然と考えることになるし、なんだかささやかなことにも喜びを感じられる気がしました。
シンプルってアレンジができる。
シンプルって応用できる。
つまり定義がない分、縛りがない分、
自由に描ける。
この本が50万部売れている魅力を、私も深く楽しませていただいた一冊でした。
逆にいうと、この本が売れているということは
人々は物にあふれた慌ただしい日常ではなく、
他の誰かがもっているものに嫉妬するのではなく、羨むのではなく、
今、自分の目の前にあるものを大切に嗜むことを望んでいるということなのかなとも感じました。
Quality of Life と Simple is the Bestの関係は
まだまだ紐解く必要がありそうですが。