物事が上手くいくために、自分の努力以上に大切なもの

今日で尊敬している祖父が亡くなって2年になります。

私にとって11/20とは、誕生日や何かの記念日のように、なんとなく月日を振り返る日です。

『【ありがとう】 ー祖父が教えてくれたことー』(2013/11/20)

 

日々を過ごしていれば当然ですが、いい意味でも辛い意味でも失ったものは多く、けれどそれ以上に得たことの方が多くて、

よく連絡を取り合う人は、人柄が素敵な方ばかり。そのお陰で、人生で一番充実した日々過ごしています。

 

1年前にはただの知人だった人が大切な仲間になったり

1年前には夢のように「いつかできたらいいな」と思っていたことが、

誰かが差し出してくれたことによって実現できてしまったり。

 

こんなひよっ子の私にもチャンスを与えてくださる方の温かさはもちろん、

あまり人を引っ張るタイプではないはずなのですが、1年前の今頃にメッセージをくれて、そんな私のことをずっと慕ってくれている後輩にも何度励まされたことでしょう。

 

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人は常に変化も進化もし続け、嬉しいときはもちろんだけれど、

やっぱり一番は辛いときに一声かけてくれて、近くにいてくれた人には感謝だけではなく、少しでも多く恩返ししたいし、なにか相手に幸せになってもらうことができる人でありたいものです。

 

 

失ったものの一つの代表例で、上村家のお庭も2年前、3年前とは異なる風景になりました。

 

枇杷の木は二本倒れ、栗は硬くて渋みのあるものが増え、
花は色の艶やかさを失いました。

 

一言で表現するならば殺伐としてしまったというものが相応しいかもしれません。

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なぜならお庭を管理していた祖父が亡くなったからです。

 

 

そんなお庭を見て、私はあることに気が付かされました。

木や花のような〝自然〟と言われるものは、自然ではなかったということです。

 

つまり、何を感じたかと言うと、自然と綺麗なものは、それを支えている何かがある、誰かがいるのです。

 

 

〝花は咲いているのではない。

 咲かせている誰かがいるから咲いているのだ。〟

 

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「花」という「結果」は、自分の努力〝だけ〟ではない。そう感じました。

 

人生も予想外のところでチャンスが訪れます。
以前の私は自然ときたかと捉えてしまうこともあったのですが、それは決して自然ではなく、必ず誰かが与えてくださるもの。

 

だからこそ、上手くいっているときこそ、感謝の念を決して忘れてはならない。

 

これからも、自分にどんなにいいことが訪れても、その物事が上手く進んだ成り行きを忘れず、そのときに近くにいてくれた人、チャンスを運んできてくださった方に感謝の念を忘れずに生きていこうと改めて感じました。

 

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■追伸

そういえば、祖父のお墓のお隣さんは

『赤毛のアン』の翻訳者で有名な村岡花子さんが眠っていらっしゃるのですが、

著書の『想像の翼にのって』という本にこんな文章がありました。

 

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〝道

 

すべての人の前に

一つの道と、多くの道と

ほかに、また一つの道がひらく

 

高きを仰ぐたましいは

高き道をのぼり

低きにつくたましいは

低き道にうごめく

 

高きと低きの二つの道は

霧ふかき広野にへだてられ

そこにも人びとはさまよう〟

 

 

 

自分がどんな「道」、すなわち「プロセス」を選ぶのかは自分次第。

それによってその先に広がるものが違うので、

「花」があるところへ辿り着く道を進み続けられるように頑張ります*.゜

 

上村菜穂Profileはこちらです。